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日本ケベック学会会長挨拶


 2016年7月の選挙結果を受けて8月1日に開催された役員選考委員会において、私が日本ケベック学会(AJEQ)の第5期会長に選出されました。
 振り返ってみますと、故小畑精和教授が2008年10月4日に日本ケベック学会(AJEQ)を設立してから8年になります。この8年間、AJEQは堅実に学会の基礎を固め、着実に発展してきました。学会の基本的なコンセプトに命を吹き込んだのは、いうまでもなく小畑初代会長(第1期、第2期)です。それを受けて、小倉和子会長(第3期、第4期)が、学会という建物の土台を強化し、全国大会や学会誌を(伊達聖伸編集長と共に)充実させ、更には定期的な研究会を発足させました。会員数が第4期に100人の大台に乗せたことは特筆すべきことです(2016年12月現在、会員数107名)。
 AJEQの足どりをこのように振り返ってみると、今期の理事会が一つの区切りになっているのが見えてきます。AJEQは新たな段階を迎えています。それを感じさせることの一つは、これまで理事会での活動を支えて来た有力メンバーの何人かが交代していることです。幸いにして、新たな会員の入会があります。また、ここ数年、若い会員の中には博士論文を提出した方もいれば、専任の教職を得た方もいます。AJEQは、昨今の厳しい状況にもかかわらず、着実に新陳代謝をしています。
 以上のような学会の節目において会長をお引き受けしたことを遅まきながら認識しているのですが、私としては、特に(1)できるだけ若い会員が参画できるような環境を整え、(2)専門領域の異なる会員・研究者間の協業をより一層図り、ケベックのみにとどまらず、フランス語圏も含めた他地域との比較研究的視野も取り入れたいと考えています。
 日本ケベック学会の特徴の一つは、政治学、経済学、社会学、歴史学、言語学、女性学、文学、芸術学など専門の異なる会員が集まっている点にあります。そうした特徴を生かして、これまでもライシテ(政教分離)や、マルチナショナル連邦制、フランコフォニー(フランス語圏)をめぐる研究や、ベルギーやスコットランド、カナダ英語圏との比較論的研究を全国大会や研究会で取り上げてきました。今後も、学際的な研究を積極的に進めていくべきでしょう。
 他方、ケベック研究の根幹にあたる領域もおろそかにできません。たとえば、今日のケベックの姿は、「静かな革命」期における政治・社会運動、言語・文学・芸術運動について多少とも知識がなければ到底理解することができません。これまでも、AJEQは、「静かな革命」に関連する言語政策(フランス語憲章)、州民投票、ルネ・レヴェックとケベック党、直接・間接に「革命」に繋がりのある文学(ガストン・ミロン、ポール・シャンベルラン、アンヌ・エベール、ガブリエル・ロワ等)を取り上げてきましたが、まだまだ不充分です。今後も、ケベック人(ケベコワ)、あるいはフランス系カナダ人たちの声を重視し、いわば内側からのケベック基礎研究に取り組む必要があります。
 日本ケベック学会のもう一つの特徴は、海外の学術団体との交流が盛んなことです。AJEQの設立大会に、韓国ケベック学会(ACEQ)の会長が来てくださり、祝辞を述べましたが、その後、今日まで両学会の盛んな交流が続いています。また、国際ケベック学会(AIEQ)と密接な関係を維持してきました。2016年度からは小畑ケベック研究奨励賞がAJEQとAIEQとの共催で授与されることになりました。この場を借りて、あらためてAIEQに深く感謝の意を表明する次第です。また、ケベックとの多次元的な交流において東京のケベック州政府在日事務所から支援を得ていることも、ここに記して、謝意を表明させていただきます。他には、国際フランコフォニー学会(CIÉF)への参加があります。これは学会単位の活動ではなく、会員個人のレベルでの交流ですが、毎年、数名の会員が参加し、日本におけるフランス語圏研究を世界に発信しています。
 ケベックを研究対象とする学会は、ある意味、特異な学術団体に見えるかもしれません。ケベックは独立国家ではなく、カナダの州であり、研究対象としては、狭く、特殊だと見なす人がいてもおかしくありません。しかし、この地のフランス系入植者の末裔は、18世紀にフランス領植民地「ヌーヴェル・フランス」がイギリス領植民地へ移行したにもかかわらず、予想に反してしぶとく「生き延び」、今日、英語圏に周囲を囲まれる中で、アングロサクソン系文化に同化されず、かといってフランス文化とも質的に大きく異なる独自のフランス語文化圏を現出させています。この事実だけを見ても、ケベックは知的好奇心をかきたてるに充分すぎる存在です。
 フランス系住民ないしケベック人(ケベコワ)は「生き延びた」だけではありません。彼らは、独特のナショナリズムないし郷土愛を歴史の中で醸成させ、「静かな革命」という大きな政治的・社会的・文化的運動の経験を通して、自らを「一つのネイション」と見なすようになりました。その出自はフランスに求められるとしても、アメリカ大陸の地でまったく別個の存在に変容したのです。この新世界特有の歴史を知らずして、ケベックの国境横断的な文化・芸術は理解できないでしょう。たとえば、サーカス集団シルク・ド・ソレイユや劇作家ロベール・ルバージュは、大規模な人の移動や高度情報科学による加速的混淆の渦巻く現代世界を自由に遊泳する魔術的芸術を実現しています。更には、ラララ・ヒューマン・ステップス(2015年解散)を率いるモロッコ出身の振付師エドゥアール・ロック、レバノン出身の苛烈な劇作家ワジディ・ムアワッド、2016年カンヌ国際映画祭グラン・プリ受賞者の若き映画監督グザヴィエ・ドランが挙げられます。文学に目を移せば、ハイチ出身のダニー・ラフェリエール、ベトナム出身のキム・チュイ、日本出身のアキ・シマザキがいます。ケベコワのドランは別ですが、これらの芸術家・文学者の輩出を裏側から支えているケベック州の移民政策も大いに注目に値します。要するに、ケベックは数多くの引き出しをもった小宇宙なのです。だからこそ、私たちはケベック研究を通して、現代世界の非線型的な、多様性に貫かれた展開について問いを発するように誘われます。ケベックは例外的な存在であるが故に、一層、ナショナリズム、文化混淆、植民地主義、言語問題、移民問題、現代芸術を研究する上で知的な刺激をあたえてくれます。
 このように見れば、AJEQはケベック地域研究という枠に閉じ込められるべきではないということにもなるでしょう。もっとも、広く開かれた学会になることは、言うに易しく、実現が難しい課題です。ただ、少なくとも一つの指針として、それを掲げることはできます。たとえば、ここでジェラール・ブシャールの『ケベックの生成と「新世界」』(彩流社)を挙げることができるかもしれません。本書はケベック研究でありながら、比較論的手法によってメキシコやオーストラリアをも含む広大な視野を切り拓いています。ブシャールの研究は例外的な水準に到達しており、誰もがたやすく同じような成果を出せるわけでもないし、これだけが唯一の研究方法でもないでしょう。しかし、ケベック研究における一つの孤高な灯台(ボードレール的な意味で)になっていることは否定できません。いずれにしても、視点と方法がどのようなものであれ、灯台を見やり、可能な範囲で開かれた視野を保ち、各会員がそれぞれ明確に限定された研究を行っていくしかありません。
 願わくば、本学会が、専門分野の異なる研究、視野の異なる研究を尊重しつつ、学際的な場を醸成する触媒の役割を果たしてほしいものです。

立花英裕

2016年12月28日